医学教育研究部

部長     東山 弘子
Director   Hiroko Higashiyama, MD, PhD

関西電力医学研究所

研究部概要

医学教育研究部では,糖尿病・腎臓病・肝臓病など慢性疾患患者に対する教育指導方法の検討,資材の開発,アウトカムの評価についての研究を行うことを第一目標とする.
その趣旨は、病院臨床において、チーム医療を推進し,医師,看護師,管理栄養士,薬剤師,理学療法士,臨床検査技師、臨床心理士など,多業種スタッフが連携して、患者と家族の個別性、地域性に合わせた適切な療養環境を提供し,ニーズに合った支援を継続していけるよう、多角的なアプローチを模索し、得られた知見に基づいて、よりよい医療の在り方を求めて研究を進めることにある。
具体的に現在進行している研究分野は、糖尿病である。従来医学的な視点から進められてきた糖尿病の療養教育である食事改善,生活改善に加えて、患者の心の教育を実施することの有効性が注目され、受け入れられつつある現状を鑑み、本研究では,糖尿病者を対象に,人生に対する幸福度アンケート調査を実施し,糖尿病者の幸福度の特性を整理・解明した上で,臨床心理学および教育学の視点を導入した,より実効的な療養教育プログラムを開発・実践し,その効果を検証することを目標として研究中である。日本人の文化特性を加味した独自の手法による療養教育プログラムの構築が,国内で300万人を超える糖尿病者のQOLの改善を促進すると考える。
 

研究課題1

糖尿病者のライフサイクル課題と療養指導教育プログラムの構築

趣旨

糖尿病患者はだれでも「病者」からできればはやく逃れ,もとの健康な状態にもどることを希求して運動療法や食事療法に励みますが,糖尿病は完治しないやまいであることを知った時に,「やまい」と人間が生きる日々の営みとの深い連関を自覚し,「病を持たない自己像」から脱却して「糖尿病を抱えて生きる自己像」へと変換するという,人生の課題に直面させられ、糖尿病者であるという現実が自分にとってどのような意味を持つかを意識的無意識的に考えざるを得ない状況を生じる。このことは糖尿病を得たことによって迫ってきた人生の辛い,できれば避けたい転換でありますが,分析心理学者のユングが指摘するように、考えようによっては,罹病は、我々のだれもが出会う人生の転換点の一つであるであり,自分の人生設計を作り直すきっかけにもなりえます.「やまいの完治」に固執せず、「糖尿病を抱えて生きる人生」を幸せ感を持って享受し,天寿を全うする積極的な生き方へとシフトしていくことが、これからの糖尿病医療のなかで求められていくのではないだろうか。
 

研究目的

①心理的健康度検査「BUKK」の開発と糖尿病者の特徴的心理の調査分析
とくに、ストレスとウェルビーイングの測定をベースに,より包括的に糖尿病者の幸福度を測定する項目を設定し,糖尿病者の幸福度の様相を明らかにする。
個人に特化される「糖尿病者であること」の心理的意味をより深く探求するために、臨床心理士による反構造的面接、投映法を実施し、質的分析を行う。
②糖尿病の疫学的評価指標HbA1cの改善に影響する心理学的評価指標の有効性に関する探索的研究
③糖尿病者の心理的状態の経時的変化を臨床心理学的に把握し、糖尿病   の疫学的指標であるHbA1cの変化との関係を追及することをとおして、糖尿病の改善に影響する心理的要因を明らかにすること
④心理療法の事例研究から、糖尿病とともに生きることの意味、治療の課などについての知見を得ることと同時に心理的アプローチの有効性を検討する
⑤上記の研究結果によって得られたエビデンスをヒントに、日本文化と時代のニーズに適合した効果的療養指導教育プログラムの構築を試みる

以上の目的に沿って研究を進行中であるが、現在までに得られた結果と検討課題を以下に提示する
 

1-①「心理的健康度検査」BUKKの開発と糖尿病者の心理的特性の調査及び分析

<研究方法>
* 表1 BUKKの構成因子
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因子分析によって抽出された6因子をさらに4因子をストレス、2因子をウエルビーイングと命名した。
被験者は、各因子5個の質問で構成された30項目からなる質問それぞれを5段階評定し、 ストレスとウエルビーイングは一定の数式によって得点化された数値が分析に用いられた。

* 表2 BUKK 質問項目
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<結果>
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1-② HbA1cの変化と心理的指標の関係

<研究方法>
1回目のBUKK調査(プリテスト)を施して6ヶ月後に同じ被験者にBUKK調査を施行(ポストテスト)し、2回とも回答を得た680名の被験者のうち、HbA1cの値が 1.0 以上変化した123名(1.0以上減少した 65名と1.0以上増加した 58名)についてUKKの30の質問項目と、6個の因子(自己同一性、身体症状、内的充実感、漠然とした不安、睡眠障害、対人的信頼感)とストレス、ウエルビーイングの2因子の結果が表1、t検定の結果が表2に示されている。

<結果>
表1 BUKK 8因子のプリテストとポストテストのへ浮んちと標準テスト
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表2 BUKK8因子のプリテストとポストテストのT検定
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表3 BUKK項目(1~30)のプリテストとポストテストに有意差検定
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心理的指標のうち、身体症状、不安、ストレスの3項目で有意差が認められた。すなわち、6か月間でHbA1cの値が1.0以上変化した対象者は、身体症状、不安、ストレスの感じ方が優位に変化した。
HbA1cが1.0以上改善した対象者は、身体症状が改善され、不安とストレスが減少した。
現時点では、3個の心理的因子<身体症状、不安、ストレス>が、いえるHbA1c の値の変化に影響することが分かったが、さらに今後1年後、2年後のフォロアップを重ねることによってどのように変化するか、また確定できるか否かを検証したい。
 

1-③ 糖尿病者のライフサイクル課題

<研究目的>
先の研究(今回は不掲載)によって、年齢の要因が大きく影響するという結果を得たので、年齢との関係を分析したところ、若年(~49歳)糖尿病の特徴的な傾向が見えてきた。
グラフ  によると、~49歳の糖尿病者のプロフィールは、思春期の被験者(非糖尿病者)のストレス因子のプロフィールに非常に似通っており、成人(非糖尿病者)、5.0歳以上の糖尿病者のプロフィールとは明らかな差があることが分かった[p<.001]。ウエルビーイングのプロフィールは糖尿病者、神経症者のプロフィールに近く、健康成人のプロフィールと異なる(p<.001)
この事実は、思春期の「自己アイデンティティ」の確立という、ライフサイクル課題がまだ成就できずに迷いの中にいる「モラトリアム現象」が糖尿病者の人生課題となっていると解釈できる可能性を示している。病者としての自己イメージとともに、モラトリアムを克服することを同時に支援する手立てが有効であるかもしれない。
 
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図1 糖尿病者(~49歳)、糖尿病者(50歳~)、一般成人、思春期青年、神経症思春期青年の健康度プロフィール

<今後の課題>

(1)糖尿病の疫学的評価指標HbA1cの改善に影響する心理学的評価指標の有無の探索的研究および糖尿病者の幸福感と医学的アウトカムとしてのHbAlc値の関連を明らかにする。

(2)身体感覚の奥に広がる世界を汲み取り、個人のラフサイクル課題と生きてきた「物語」を聴き取る面接を実施する

(3)グループ体験学習,および糖尿病者が主体的に参加できるプログラムを基礎に,「アクティブ・ラーニング」等の教育学の知見を取り入れ,療養教育プログラム試案を策定・実施し,実効的な糖尿病者の療養教育プログラムの一つのモデルを提案する。

(文責  東山弘子)

 

メンバー

部長 東山 弘子
副部長
研究員
客員研究員