医学教育研究部

部長     東山 弘子
Director   Hiroko Higashiyama, MD, PhD

関西電力医学研究所

研究部概要

2023年5月~2024年4月の実績

研究テーマと実績

(1) 研究の背景(2007年から2022年)

医学の目覚ましい発展にもかかわらず糖尿病者数は増加し続けているのが世界的現状である。
2022年、2023年の米国糖尿病学会(ADA)の指針において心理社会的介入の重要性が強調され、日本においても糖尿病治療における教育指導の中心テーマが糖尿病の理解と自己管理の徹底だけでは不十分であって、心理社会的加入の必要性とくに糖尿病苦痛の軽減へとシフトしはじめた。糖尿病患者のウェルビーイング、社会的偏見との関係などの心理社会的要因が治療の障壁になっていることの認識に立って、支援教育の方法開発、糖尿病苦痛の意味測定、HbA1cなどの指標との関係、糖尿病スティグマの指摘、アドボカシーの推進など糖尿病者に対する社会的偏見をなくす運動が世界的メインストリームとなっている。
しかし、「糖尿病者の苦痛」の軽減や「糖尿病スティグマ」の撲滅はまだ啓発段階にあり、具体的な心理社会的介入や臨床的実践には至っていない。糖尿病療養支援は未だ伝統的「糖尿病教室」での薬物療法、栄養療法、運動療法が中心である。これは、わが国も世界的潮流を受けた転換期にあるものの、実際的治療支援につながる新しい心理社会的支援の可能性と有効性の分析、検討の学術的研究が追い付いていないことが要因として考えられる。心理社会的要因や介入内容は、因果関係が直線的ではなく、複雑なため、検証は困難を伴い、実際的リサーチがほとんど行われていないためだと言えよう。そのため、心理社会的支援が糖尿病苦痛、心理的負担を軽減し、自己管理モチベーションを高め、HbA1cを低下させるとの報告に注目した学術的臨床研究が必要である。
本研究は、このような日本の状況を踏まえつつ、2007年以来蓄積された実績に基づき、新しい臨床的支援の実践システム、あるいはそのプログラムの構築を目的とする。
本研究の基礎ツールである糖尿病カンバセーションマップは、基本的理念はカール・ロジャーズによってはじめられたクライエントセンタードカウンセリングに基づいて発展してきたパーソンセンタードアプローチにあり、2000年前後にアメリカのHeal thy Interactions社によって開発され世界的に普及した。日本における過程で、糖尿病医療スタッフと患者の同一グループにおける相互的ピアラーニングの有効性が体験的事実として証明され、糖尿病者が求める支援が「エンパワーメント」にあるというよりも日本人心性の特徴と思われる「情緒的支援」ではないかという仮説を持つに至ったので、本研究では、学術的分析方法を工夫することによって上掲を検証することを目的とした。
さらに、コロナ禍による対面式グループが実施できない状況のなかで、リモート会議システムを応用したオンライン式グループの実施システムを構築し、オンライン実施の可能性を見出したことにより新たな発想の可能性ができてきた。従来の対面式グループをオンライン式グループのおのおのの利点を生かすことによるあたらしい可能性が期待でき、対象とする人や目的、ファシリデーターの個性によって、効果の違いや要因などの精査の可能性も見えてきた。
現状はそのような介入技術、コミュニケーションについては研修されてこなかったといる事実が障害となって我々は医療者の意識改革、支援と必要な知識の学習などの研究をカンバセーションマップで担えるものと確信して具体的なプログラムの構築と有効性の検証を行うことは、今後も増え続ける糖尿病患者の豊かな人生に寄与することができると確信する。

(2) 研究のテーマ

本研究は、筆者らの先行研究と実践の結果を踏まえて、糖尿病者に対する療養支援の在り方を再考し、より日本人心性に合った心理的支援の視点を重視した、新しい療養支援プログラムを構築し、実践によってデータを蓄積し、分析、検討することを目的とする。それは、ふさわしい心理社会的支援は医学的データの改善、生活習慣の改善、生き方の改善などを向上させる要因であることを実証するエビデンスを出すことにあり、従来の欧米から導入されたプログラムを超えて、日本人心性にふさわしい独自の支援プログラムの構築とその評価を目指す。同時に、支援プログラムを適切に運用できる医療者の育成も狙った、研修プログラムの構築を目指す。その具体的研究テーマは、以下の2点である。
(研究1)
糖尿病カンバセーションマップをツールとした、糖尿病患者を対象とするピアラーニング型教育支援プログラムの開発をオンラインへの展開
糖尿病者による対面式グループとオンライン式グループの2つを構成し、カンバセーションマップセッションを2年間実施する。対面式とオンライン式、それぞれ対話によって出てくる糖尿病苦痛の様相、現状などのレベルの差異や対話のレベルの差異などがどのようにみられるか、また対面とオンラインによる差異、長所を明らかにする。

(研究2)
設定された教育支援プログラムの教育効果に寄与する要因としてのピアラーニングファシリテーションとファシリテーターのスキルの分析を行う。
ピアラーニングのマニュアルは一定であるが、グループの雰囲気や流れは「今、ここで」決まり、対話のテーマの選択もメンバーの参加度もグループによってまちまちなので、ファシリテーターのグループダイナミクスの理解度と共感力、コミュニケーション力などが総合的に問われるので、困難があるが、糖尿病の苦痛をどの程度理解し、共感しうるか、またそのために要請されるスキルは何かをエビデンスとして明らかにする。

(3) 研究方法

(研究1)
実験グループとして対面式グループとオンライン式グループによるカンバセーションマップを施行し、糖尿病苦痛に関するどのような内容で、どのように感じ、どのように対処しているかなどが、セッションを進めていくうちにどのように変化するか、その要因が何であったかなどについて分析し、対面式とオンライン式での共通性や差異、それぞれの長所などについて分析し、エビデンスを得る。

  1. 1. 糖尿病カンバセーションマップ実験グループの被験者の選定
    関西電力病院に通院する患者を対象に希望するものを募集し、趣旨説明を兼ねて対面式セッションを実施し、希望によって対面式グループとオンライン式グループに分ける。
    ともに50名程度、1グループ5~6名構成、3か月に1回、2年間に計8回のセッションを実施する。
  2. 2. オンライン式グループ向けのプラットフォームの開発と運用
    オンライン式グループでの実施については、医療現場でのニーズは高いものの対面型に匹敵する効果を得るための工夫といる点では発展途上である。ここではオンラインミーティングプラットフォーム上での参加者の一定のITリテラシーの範囲内でスムーズに参加が可能であること、対面型に期待される教育支援効果を補完できるプログラムであることの2つを満たすオンライン型プログラムを開発・検証・実地運用することを目指す。オンラインプラットフォームについては、パソコンとオンライン会議システムの組み合わせではなく、対象の参加者が平均的に有しているスマートフォンと、日本糖尿病協会が情報発信を目的として運用している公式アカウントを設置しているLINEを組み合わせる。すべてのセッションにはオンラインミーティングのシステムを管理するオペレータが配置され、研究班が指定する評価者がオブザーバとして同席する。
  3. 3. 評価システムの確立
    心理アセスメントとして、PAID, DDS, BUKK, BECK, 参加後の自己報告を実施。セッションの進行は、セッションの評価分析のために参加者の了承を得たうえで動画として記録され、教育支援プログラムの有効性分析の資料とする。

(研究2)
研究1において対面式とオンライン式のプラットフォームの比較検討と行うことに並行し、教育支援プログラムとしてのソフト面の質的向上を目的として、カンバセーションマップを実施する医療スタッフへのトレーニングモジュールを開発・評価する。

(4) 研究の実績

① オンライン式グループ向けのプラットフォームの開発と運用
プラットフォームの開発には、イーライリリー社の技術者の方々の全面的協力を得て、研究班の希望のすべてを可能にするシステムが作りあげられ、そのシステムの運用によって医療者参加によるファシリテータートレーニング研修が実施された。
<オンライン式トレーニングモジュールの開発と運用>
コロナ禍により依然として医療現場においては医療スタッフに対して一定の行動制限が推奨されているケースがあり、従来のように対面式トレーニングに参加がしにくい状況がある。また、オンライン会議システムの普及によって遠隔地に居住する参加者にとっても参加しやすり環境であることも事実である。しかしながらカンバセーションマップがコミュニケーションを主体とする教育支援プログラムであることの性質上、対面式での実施がもっとも効果的であるため、そのツールを使用したセッションをファシリテートするファシリテーターのトレーニングにおいてもまた対面式が望ましいことには変わりがない。ここではその障壁をトレーニングモジュールとその運用システムによって乗り越えて、オンライン式であっても対面式に匹敵するトレーニング効果、対面式を上回る利便性を提供することを目指す。ファシリテータートレーニングの中心となるのはローププレイ型研修である。カンバセーションマップに参加する患者の役割になりきって模擬的に体験すること、またその模擬をファシリテートすることで気付きを得て、グループディスカッションと座学を通じて内省的観察を経てスキルを獲得するプロセスが円滑に進むことが理想とするトレーニングである。

オンライン式トレーニングにおいてこれを可能にするために、リモート会議システム上での効果的なロールプレイセッションを以下のように実現する。セッションはブレイクアウトルームごとに行われるが、ここにファシリテーターをサポートするシステム運用専門のオペレータを設置し、リモート会議システムの操作を選任して取り扱うこととする。これによりファシリテーターはセッション参加者とのコミュニケーションに集中することができ、対面式と同等に近い運用が期待できる。
また、それぞれのブレイクアウトルームには、研究班から指定されたオブザーバが横断的に参加し、それぞれのファシリテーターを絶対的・相対的に評価する。ここでの観察に基づいたスーパーバイザーによる総合的考察がなされる。

② 今年度はオンライン式グループが実施可能になるかどうか。
という現実的課題が大きく、記録をとること、参加者の心理アセスメントを集めることで精いっぱいというのが実際のところで、その評価、分析には至らず、次年度にもちこされることになった。
オンライン式グループの実施とあわせて、対面式グループも数回実施したので、その比較についての分析は、第一回目の発表として、7月の日本糖尿病協会主催の学術集会で発表した。

(5) 糖尿病カンバセーションマップの実施 :

2023.4.23  京都
     5.14  鹿児島
     6.25  東京
     9.10  東京
10.29 仙台
2024.2.18  神戸
     3.9   松山
     3.24  松江
     4.    福岡
           熊本

(注)以上のセッションは日本糖尿病協会の事業として実施され、グループ担当ファシリテーターは、養成課程を経て認定されたトレーナー約20名が担当する。同時にファシリテーター養成と研修を兼ねているので、エキスパートトレーナー数名がファシリテーターのスーパーバイザーとして研修を担当し、システム運用は専門技術担当者数名が担当する。

実施の実際がビデオ収録され、セッション終了後に自己評価に関する質問紙調査を行い、カンバセーションマップの評価に関する分析データとして使用される。
今年度は分析に着手し始めたところでとどまっており、さらなる分析、公表は来年度に持ち越された。

Ⅱ. 研究論文・学会発表・講演等

① 研究論文

② 学会発表

1. 2023.7.22・23 日本糖尿病協会学術集会
(発表)カンバセーションマップ担当委員 (東山弘子、下野大、小倉雅仁、小内裕、大部正代、 今村誠、矢部大介)
(演題)
<1>コロナ禍におけるオンラインによる糖尿病カンバセーションマップトレーニング
<2>糖尿病カンバセーションマップ普及活動のリモート化におけるオンラインミーティングの 導入
<3>糖尿病カンバセーションのオンライントレーニングにおけるファシリテーション
<4>ポストコロナにおける糖尿病カンバセーションマップの実践と展望

2. 2023.11.4 日本糖尿病医療学学会
東山弘子(座長及び症例検討コメンター)
    <症例1>脚を失った女性との関わりー彼女の葛藤に向き合うことの難しさー
(川口市立医療センター)金澤 康
    <症例2>下肢切断することでなくなった2型DBCl. との関わり
        (医療法人社団大仁会大石病院) 大石菜穂子
    <症例3>同世代同性患者のAさんとのその後―あんただけだよ。そんなこと言ってくれるのー
        (岡山大学学術研究院医歯薬学域総合内科学)小比賀美香子

③ その他講演など

2023 9 島根糖尿病医療研究会
   講演<医療者と患者の望ましい関係を築くために パートⅡ 傾聴に続く課題としての伝え方 
2024 2 3 北海道糖尿病支援セミナー
   講演とグループワーク<糖尿病を持つために抱える心理社会的負担の理解と軽減するために医療者ができること>
2024 3 2 糖尿病医療学研究会 in Nara
   症例検討座長,コメンター
     症例:死の宣告を受けに来た~自殺の理由を求めて受信に来た治療中断患者との関り~
          近畿大学奈良病院正田成美

Ⅲ. 医療における臨床心理社会的介入の業務

  1. (1) 日々の外来診療業務において、難事例、たとえば過度の心理的負担、強度なアドボカシーやスティグマに関する訴え、精神的人格的病いの可能性、その他医療スタッフとの人間関係樹立の困難などの理由で、担当医師からのオファがあった場合に、臨床心理学的接近によって、相談、助言等の面接を実施する。
    毎月平均15~20ケース、そのうち専門的カウンセリングに移行するケースが数例。
    担当医との綿密な連携をとりながら、適切な対応をこころがける。
  2. (2) 入院患者のなかで、面接希望のある方、または料スタッフからのオファがある場合にも適宜臨床心理士として相談に応じる。
  3. (3) 入院患者の希望する人を対象に、週一回(水曜日16:00~17:00)に、グルプカンバセイションのセッションを開設。1セッション平均5~6名の出席がある。
  4. 以上については、事例研究としてまとめできるものについては公表する。

    メンバー

    部長 東山 弘子