関西電力医学研究所 侵襲反応制御研究部 部長
関西電力病院 麻酔科 部長
侵襲反応制御研究部と難しい名前がついていますが麻酔科医が日々の臨床業務で遭遇する数々の疑問を解決するための臨床研究部門と考えてください。何気なく行っている手術患者の管理でもevidenceが存在しないものが数多く存在します。『手術中の麻酔薬がどの程度であれば患者は痛みを感じていないのか?』、こんな簡単な問題でさえも高容量の麻薬がよいという人もいれば低容量で大丈夫という意見もあり臨床医の経験のみに基づく医療が行われているのが現状です。我々はこの臨床業務から生じる『なぜ?』を大切にして、現在まで学会報告、論文作成と行ってきました。この姿勢は変わりませんが今後は大阪市立大学医学部麻酔科とも連携を行い、基礎的な実験も開始する予定です。興味があれば麻酔科医はもちろんですが、研修医でも参加可能です。一緒に研究をやってみませんか。
1)低侵襲モニタリングの比較
動脈圧波形からの心拍出量測定は低侵襲であることから手術中のモニタリングとして定着した。代表的なものが2006年、日本に導入されたFloTracTM (Edwards Lifescience, Irvine,
CA)でありバージョンアップを繰り返すことで正確性が増したといえる。心拍出量測定のreferenceとなりうる経食道エコーや肺動脈圧カテーテルによる測定は手術室での利用制限や合併症などの問題があり、我々はFloTracTMを積極的に臨床使用するとともにその有用性の臨床研究を行い、その成果を国際学会、論文(2012年)で発表してきた。一方、LiDCOrapidTM
(LiDCO, Cambridge,
UK)は2012年に日本に導入れたばかりであり、その評価はまだ一定しておらず、FloTracTMは動脈波形そのものから心拍出量を算出するのに対してLiDCOrapidTMは一旦、血圧容量曲線に変換した後に心拍出量を算出することやリチウム希釈法のデータが蓄積されているなど測定原理そのものに違いがある。我々は腹腔鏡下大腸切除術の受ける患者を対象に同一患者で同時に測定した心拍出量に互換性があるかどうか研究し、その結果を国際学会、論文(2016年)で発表した。
2)非侵襲モニタリングを用いた麻酔導入時の血圧低下メカニズム
麻酔導入時における血圧低下の原因はプロポフォールなど麻酔薬による血管拡張及び心拍出量低下の両方が考えられる。血管拡張の指標として用いられてきたSystemic Vascular Resistance
(SVR)は体血圧と心拍出量から得られた計算上の値であった。Masimo社のRadical-7は指先にプローベを装着するだけで酸素飽和度と同時に指の拍動成分(動脈)と非拍動成分(骨、筋肉、結合組織、静脈など)の割合を示すPerfusion
Index
(PI)を測定することができ、このPIがSVRとほぼ相関することが知られている。このPIに加えて指先に小さなカフを巻きつけるだけで非侵襲的に心拍出量が測定できるEdwards社のClearSightを用い、麻酔導入時における血圧低下の原因であるSVR低下と心拍出量低下の占める割合が高齢者と若年者によって異なるかどうかを検討した(倫理委員会承認番号2019-9号)。若年者ではSVRの低下、高齢者では心拍出量低下が血圧低下の主たる原因であることが判明したため、論文投稿中である。
麻酔終了直後のシバリング(Post-anesthetic shivering,
PAS)は様々な原因で起こりうる。PASは患者に不快感を与えるだけでなく頭蓋内圧上昇、心筋酸素消費量増加、低酸素血症など極めて危険な状態になることがあり、これらを予防することが望ましい。我々は手術中に投与する麻薬のうちでレミフェンタニルが高容量に及んだ場合にPAS
を発生しやすいこと、また低容量ケタミンの同時投与でPASを予防することができることを国際学会、論文(2010,2011年)で発表し、PASのメカニズムにNMDA受容体が関与している可能性を示唆した。
著者 | 論文題目 |
中筋正人、井上基、川崎安希、永井美和子、宮田妙子、今中宣依、田中益司、中筋加恵 | スガマデクス投与量の適正化対策~手術終了時の4連刺激(TOF)測定標準化~. 麻酔 2015;64:586-590 |
Nakasuji M, Okutani A, Miyata T, Imanaka N, Tanaka M, Nakasuji K, Nagai M. | Disagreement between fourth generation FloTrac and LiDCOrapid measurements of cardiac output and stroke volume variation during laparoscopic colectomy. J Clin Anesth 2016;35:150-156 |
Nakasuji M, Suh SH, Nomura M, Nakamura M, Imanaka N, Tanaka M, Nakasuji K. | Hypotension from spinal anesthesia in patients aged greater than 80 years is due to a decrease in systemic vascular resistance. J Clin Anesth 2012; 24(3):201-6 |
Nakasuji M,Nakamura M, Imanaka N, Tanaka M, Nomura M, Suh SH | An intraoperative small dose of ketamine prevents remifentanil-induced post-anesthetic shivering. Anesth Analg. 2011; 113:484-7 |
Nakasuji M, Nakamura M, Imanaka N, Tanaka M, Nomura M, Suh SH | Intraoperative high-dose remifentanil increases post-anaesthetic shivering. Br J Anaesth 2010; 105: 162-7 |
Nakasuji M, Nakamura M, Imanaka N, Tanaka M, Nomura M, Wada M, Kawashima H. | Bispectral index during epidural puncture predicts anterograde amnesia in patients given midazolam premedication. J Anesth 2009; 23(3): 329-33 |
Nakasuji M, et al. | Causes of arterial hypotension during anaesthetic induction with propofol investigated with perfusion index and ClearSightTM in young and elderly patients. Minerva Anestesiol. 2021 June;87(6):640-7 |
著者 | タイトル | 掲載誌名 |
掲載号等・掲載年 | ||
中筋正人ほか | 左側大腸穿孔に対するハルトマン手術中に麻酔科医がカテコラミン投与を決断するための術前危険因子 | 日本腹部救急医学会雑誌 |
2023; 43(3): 615-20 |
部長 | 中筋 正人 |
---|